和田家と神社と源頼朝と蕪島神社
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うちの近所で元青学の教授がおりました(コロナ前にお亡くなりになりましたが)。
そのおじいさんが、「和田家の歴史を知っているかね?」って尋ねられて、その時、あまり興味がなく、あまり詳しくは存じ上げませぬと。
ただわかっていたことは、うちの祖父の代で、藤沢市の税務署が過去帳と音信帳を調べ上げて、とある神社がうちが世襲しており、そこの5年分の固定資産税と延滞税を払えと言ってきたのは覚えています。
「祖父も父も、冗談じゃね〜」って蹴りました。
和田家は私の代で5代も葬儀社を営んでいます。
江戸末期にお奉行様に仕えるおかっぴきの子分の下っ引きをやっていて、当時、流刑から戻ってきた罪人を社会復帰させるために葬儀の人足として活用したのが始まりとのことです。
その先は伯父である和田晃一しか今は知る人はいない。
さて、その和田家だが、うちは遡れば頼朝の相方であった北条政子に潰された三浦の和田であることは判明している。
鎌倉で私と同姓同名ではなく、同姓異名の友人がおり(彼はかなりの有名人)、互いに話をしていたら、きっと遠い親戚だねと。

