AIセミナーなどを改めます。リアルタイムのセミナー時代は終わりました。

1月17日は阪神・淡路大震災の日でしたね。
あれからもう31年も経ってしまいましたが、未だに記憶に残っています。

私は直前まで神戸の西神中央にいて、当日は豊川に転勤してました。
死神の予知能力で心臓バクバクで5:40ころに胸騒ぎで目が覚めました。
そしたら「ゴーっ!」って音がして、下からドンと突き上げられてグラグラグラと。
実際、東日本大震災のときも昼間、同じ様な感覚があり急いで帰り、息子を迎えに行ってきた金曜日の昼下がりでした。

海辺にある大きな金属製のC字型オブジェと、その背後に広がる海の風景。左側には2026年の月曜日の朝のメールマガジンのタイトルがあるデザイン。
M4 20260119 Mail Mag

当時、うちも父が全葬連の常務理事を任されていたので、国の要請でスタッフ2名を災害派遣に向かわせました。
もとというと、1988年のなだしお事件から積極的に全葬連が団体として災害派遣で動くようになったのを知っている人は少ないと思います。
横須賀港で亡くなった船乗りたちのご遺体処置を我々神奈川県の葬儀社で行ったのがきっかけで、当時の縦割りの警察、消防、通産省と厚生省なんかと連携を取り、自衛隊とも協力(Wikiにも記載されていますが、当時は潜水艦の秘密もあり自衛隊は非協力的でしたが)するようになりました。

あれから約7年後の巨大地震で再び国の要請で全葬連・全互協関係なく全国の葬儀屋さんが現地の支援に向かい、自衛隊と警察の協力しました。

我々葬儀屋さんはご遺体処置のプロです。


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